毎朝、大将自ら豊洲に立つ。三十五年、魚と向き合い続けてなお、学びが尽きることはない。脂の乗り、身の締まり、香り。その日の最良を見極める眼は、修行の日々が研ぎ澄ませたものである。仕入れの妥協は、一貫の妥協に直結する。だからこそ、朝が勝負だと心得ている。
江戸前とは、素材に仕事を施す鮨である。〆る、漬ける、煮る、炙る。先人が編み出した技法を正しく継承しながら、現代の舌に合う加減を探る。派手さはいらない。丁寧であること。手を抜かないこと。見えない仕事にこそ、味の奥行きが宿ると信じている。
握りは、お客様の前で仕上げる一期一会の料理である。食べるまでの数秒、口に入れた瞬間の温度、酢飯がほどける感触。すべてが計算された「間」の中にある。会話のテンポもまた然り。寡黙すぎず、饒舌すぎず、心地よい沈黙を共有できる空間を目指している。
カウンター十席。それが一條のすべてである。大きくする気はない。目の届く範囲で、手の届く範囲で、心の届く範囲で。ひとりひとりのお客様に向き合い、その日の最高を差し上げることが、この店の存在理由である。
赤坂で接待に使える鮨屋を探していたが、ここに出会ってからは他を探す必要がなくなった。大将の仕事は静かで、しかし確かな凄みがある。お連れした方が必ず喜ばれるのが、何より嬉しい。
カウンターに座ると、日常の喧騒が嘘のように消える。白木の清潔さ、大将の手の動き、ネタの艶。すべてが美しく、すべてが美味しい。月に一度の贅沢として、もう十年以上通い続けている。
鮨は好きだが、格式ばった店は苦手だった。一條は違う。大将との何気ない会話が心地よく、気づけば三時間が過ぎている。肩肘張らずに本物の江戸前を味わえる、稀有な一軒だと思う。
一條正雄。十八歳で鮨の道に入り、銀座の名店にて十五年の修行を経て独立。二〇〇五年、赤坂の地下に十席のカウンターを構えた。以来十九年、変わらず毎朝豊洲に立ち、変わらず同じ場所で握り続けている。華やかな経歴よりも、目の前の一貫に心を注ぐことだけを考えてきた。鮨職人として三十五年。まだ道半ばだと思っている。
営業時間 17:00 – 22:00(L.O. 21:30)
定休日 日曜・祝日
土曜は昼営業あり(要予約)
〈107-0052
東京都港区赤坂4-2-10
一條ビルB1F
完全予約制
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